佐野市仏教会 今月の会員紹介

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DSC_0955.jpgDSC_0955.jpg種徳院本堂
惣宗寺(金井上町)

春日岡山 転法輪院 惣宗官寺
天台宗



お寺の歴史

DSC_0960.jpg佐野市天然記念物大白椿春日岡(かすがおか)とよばれ、多くの人から親しまれている寺である。佐野厄除大師として、お正月を始め遠方より参拝される方が多いお寺として有名です。
 その歴史は、朱雀天皇の944(天慶七)年3月、奈良の僧 宥尊(ゆうそん)上人が開いた寺で、 最初は日本の仏教で最も古い南都六宗の法相宗に属し、正しくは春日岡山転法輪院惣宗官寺という。
藤原秀郷公が平将門降伏の誓願により、佐野の春日岡 (現在の城山公園)の地に、春日明神の社殿とともにお寺を建て 朱雀天皇に申し上げたところ、天皇は大変喜ばれ「春日岡山惣宗官寺」の勅額を賜ったといわれ、それ以来、藤原一門の信仰あつく栄えたが、次第に衰退してしまった。
 その後比叡山の僧で俊海という人が、父の藤原光憲から「春日岡は、わが祖父である秀郷公の創立した氏寺である。 昔、保元・平治の乱に殿堂が焼けて灰になったが、父の志を継ぎ修行の後にこの山を復興せよ。」このことを深く 心にとどめ、この寺の荒れ果てたことを憂い、正応年間(鎌倉時代)に信徒を集めて、藤原一族および北条一門の 有志とはかり、鎌倉幕府九代執権北条貞時をさとして、1297(永仁五)年8月に復興完成し、 これ以後「法華経」を所依の経典とし、伝教大師を宗祖と仰ぐ天台宗となる。
その後十二世の僧豪海のときに1602(慶長七)年、秀郷公から30代の佐野信吉公が、 幕命により唐沢城をこの春日岡(城山公園)に移すにあたり、寺は現在地に移転した。
徳川時代には御朱印五十石を拝領し、寺社奉行も置かれ、三代将軍家光公も参拝する等徳川幕府との縁故も深い。

DSC_0981.jpg春日稲荷大明神藤原秀郷公が平将門降伏の誓願により佐野の春日岡(現在の城山公園)の地に春日明神の社殿とともに 当山を建立し(天慶七年三月-西暦944年)朱雀天皇の勅額を賜る。
以来「春日稲荷大明神」を鬼門除けの大明神として、また家内安全、方位除災、商売繁盛に霊験あらたな 「稲荷信仰」として祭祀され今日に至る。

DSC_0978.jpg金銅大梵鐘厄除元三慈恵大師一千年御遠忌を記念して建立された「金銅(きんづくり)大梵鐘」は、 人間国宝香取正彦先生によって謹製され、日本一大きな金の梵鐘(つりがね)で、 直径 1.15メートル、重量約2トン、黒塗りの切妻造りの鐘楼(しょうろう)に収められている。

DSC_0949.jpg田中正造墓日本の公害の第一号といわれている足尾鉱毒事件の救世主、田中翁の分骨地である。近代日本の先駆者としての翁の功績をたたえ、毎年9月4日同志の人々が集まり、法要を いとなみ続けて今日に至っている。

DSC_0970.jpg東照宮社殿
徳川家康公のみ霊(たま)が静岡県久能山より日光遷座の途中、元和三年三月二十七日一泊、 この仏縁により諸大名の寄進にて本殿等の造営が成り、江戸中期を代表する華麗、精緻な技巧 によって完成された。
 (昭和五十七年八月二十七日付にて県指定重要文化財となる。)全国に祭祀されている東照宮社殿 四百余の中、最もすぐれた建造物と高く評価されている。
境内の乾(いぬい)の地に東照宮は造営されている。本殿の前面に拝殿、唐門を建立し、当時は更に 本地堂、水屋、等の建物も造営された由であるが、現存するものは前記の三棟と本殿周辺の透塀である。


宗派
天台宗

住所
〒327-0509 栃木県佐野市金井上町2233